青木 さくらさん(ラジオパーソナリティ)
「たまたま」という偶然がつないだ、音の必然。
放送スタジオと道場を往復する私が、響きの中に見つけた「自分をゼロにする時間」
青木 さくら 中学卒業後に単身渡米し、高校卒業後に帰国。トヨタの広告塔「トヨタプリティ」を経て、2000年からラジオ業界へ。イベントMC やナレーションなど「声」の仕事を軸としながら、外資系企業の受付業も約10年間経験。現在はコミュニティFM「FMやまと」(神奈川県大和市)にて、水曜日の夕方ワイド番組を担当中。
想像力を共有する、「声」というプロの仕事
パーソナリティやイベントMCを本業にしています。 生放送のスタジオに座り、マイクを通してリスナーや会場の方々と時間を共有する。 この仕事の面白さは、「声」という限られた情報の中で、相手の想像力とつながれるところにあります。
ラジオには視覚情報がありません。 だからこそ、声のトーンや「間」から、聴き手はそれぞれの景色や感情を受け取ってくれます。 毎回同じ台本、同じ空気になることはありません。 その場の空気や聴き手の受け取り方、自分自身の声のコンディション——そうした「たまたま」が重なった瞬間に、ラジオの時間は立ち上がっていきます。
振り返れば、私のキャリアも「たまたま」の連続でした。 アナウンサー採用試験の時期を逃して途方に暮れていた私に、友人がたまたま持ってきてくれたのが、トヨタの広告塔「トヨタプリティ」の募集パンフレットでした。 さらにネットで見つけたバイリンガル・ラジオパーソナリティの募集広告。 狙って手に入れたわけではない偶然に、その都度面白がって飛びついた先に、今の仕事があります。
私はいつも、そうした予期せぬ流れに身を委ねながら、その場の「時間」をナビゲートする感覚でマイクの前にいるのです。
嫌々だったはずの「音」が、原点
この「音」への感覚は、幼少期の体験が土台にあります。 3歳になる前から始めたバイオリンは、当時の私にとっては正直、あまり好きなものではありませんでした。 「やらされている」感覚が強く、毎日の練習が厳しかったため、幼心に少し窮屈さを感じていたからです。
一方で、自分の声をテープに録音しては聴き返す、そんな一人遊びには夢中になっていました。 自分の声が(外側からは)違って聴こえることが面白かったのかもしれません。 今振り返ると、好き嫌いとは別の次元で、私は音や声そのものに惹かれていたのだと思います。
バイオリンを演奏する当時の青木さん
中学・高校時代のアメリカ留学では、言葉が十分に通じない環境下で、意味よりも先に届く「声のトーン」や「音の響き」に何度も助けられました。 「どんなに下手でも、音を出せば受け入れてもらえる」。 あの経験があったからこそ、視覚情報のないラジオという世界へ自然に向かっていくことができたのです。
身体の芯を射抜かれた、和太鼓との鮮烈な出会い
マイクの前で言葉を尽くす日々を送っていた私ですが、ある時、表現の根底を揺さぶる出会いがありました。 和太鼓です。
30代前半、伊勢神宮を訪れた際、「おかげ横丁」で不意に耳に飛び込んできた地鳴りのような音。 筋肉隆々の打ち手たちが叩き出す振動が空気を震わせ、私の身体の芯を真っ直ぐに射抜きました。
「あ、これ、私やんなきゃダメだ」。
理屈ではなく、ただそう直感した瞬間でした。 今思えば、あれも「たまたま」耳に飛び込んできた音だったのかもしれません。
コロナ禍を経て踏み出した一歩
とはいえ、すぐに習い始めたわけではありません。 実際に動き出すまでには、それなりの時間を要しました。 ちょうど、所属事務所を離れ、企業の受付として表現の場から遠ざかっていた時期も10年ほどありました。
そんな私の背中を押したのは、コロナ禍という社会の大きな転換点でした。世の中の動きが止まり、自分自身と向き合わざるを得なくなった時間の中で、「いつかは…」という言葉が私の中から消えました。 「今やらなかったら、もう一生やらないかもしれない」。 そう切実に感じたとき、かつて伊勢で得たあの予感が、ようやく現実の選択へと変わったのです。
コロナ禍が明けてすぐに、プロ和太鼓集団『梵天』が主宰する「未来太鼓道場」へ飛び込みました。 実はこの道場も、たまたま自宅の近くで見つけた場所です。他の道場も体験しましたが、そこは武道に近いストイックな雰囲気でした。対して「未来太鼓道場」は音楽的なアプローチが強く感じられ、その魅力に自然と引き寄せられ、気づけばすっかりのめり込んでいました。
「引き算」の極致、そしてゼロになる時間
太鼓は、自分の精神状態が残酷なほど音に表れる楽器です。 迷いや「上手く見せたい」というエゴがあれば、響きは途端に濁ってしまいます。 いかに自分を透明にし、空っぽにできるか。 その先にある「音の深まり」を掴み取ることこそが、私にとっての上達の証なのです。
ただ叩くのではありません。 打音の連なりの中に、あるはずのないメロディーやうねりを感じる瞬間があります。 仲間と共に、自分を一度「ゼロ」に叩き戻す。 言葉を尽くして伝える仕事をしているからこそ、この「言葉を脱ぎ捨て、響きだけで向き合う時間」が、私には不可欠なのだと感じています。
不思議なことに、太鼓で空っぽになった直後は、ラジオで使う言葉やアイデアが湧き水のように溢れてきます。 和太鼓を通して日本文化の精神性にも関心が広がり、それが番組企画にも自然とつながっていきました。
「タイパ」を超えた「体感」が未来をつくる
道場の先生方のご厚意とご縁に恵まれ、ベルギーやアメリカの舞台にも立たせていただきました。海外の地で演奏の機会をいただけたことは、一人の道場生でしかない私にとって特別な経験です。言葉も文化も違う観客が、太鼓の音に身体ごと反応し、スタンディングオベーションを送ってくれた光景。理屈を超えて心臓に直接届く音の力を、私は確かに体感しました。
米国アイオワ州クラリンダで、毎年6月に開催される「グレン・ミラー・フェスティバル(Glenn Miller Festival)」にて
最近、効率や正解を求める「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉をよく耳にします。 しかし私は、これからを生きる世代の方々にこそ、一見遠回りに見える「体感」を大切にしてほしいと思うのです。
その場へ行き、空気を聴き、心が動いた方向へ進んでみる。 役に立つかどうかで判断するのではなく、「たまたま」感じた衝動に身を任せてみてください。 その積み重ねこそが、10年後、20年後の自分を支える本当の財産になるはずですから。
振り返れば、私はいつも「たまたま」という名の直感に導かれて生きてきたのだと感じています。
FMやまと スタジオにて
「夕なびプラス!」水曜日担当(17:00~19:00)
FM77.7MHz「FMやまと」は、インターネットサイマルラジオで全国どこからでも聴くことができます。
→ https://www.jcbasimul.com/fmyamato
● インタビューを終えて…
伊勢での鮮烈な出会いから年月を経て、コロナ禍という転換点の中で「やりたいこと」を再定義したさくらさん。 その決断が、彼女を海外の舞台まで突き動かす圧倒的なエネルギーへと変わっていました。
ラジオの「声」と、和太鼓の「音」。 一見異なる二つは、「空気の振動を通じて他者と深く共鳴する」という一点で、彼女の中で分かちがたくつながっています。
効率が優先される社会の中で、私たちは自分の「魂の震え」を無視しがちではないでしょうか。 さくらさんのように、内なるアンテナが捉えた「響き」に全力を投じること。 その情熱の集積こそが、アートの持つ力なのだと感じさせるインタビューでした。【M】