島田 英明さん(バカルディ ジャパン株式会社 事業推進本部 本部長)

「助演女優」としての美学。
ロジックの果てに私が見つけた、右脳を揺さぶる「型」の真実。

島田 英明   P&G、SCジョンソン、バカルディで、約20年間ブランドマーケティングに従事。既存ブランドのV字回復、50億円規模の新規ブランド立ち上げなど、数多くのブランド経営に携わる。バカルディ ジャパン社において最年少でマーケティング部長に昇格。現在は、営業・営業企画を統括する事業推進本部の本部長として、同社保有ブランドの日本市場における商業化を推進している。

美しいもの、残るものには理由がある


最近、自分のために着物を誂えました。あるいは盆栽に心を惹かれ、その枝ぶりの先に数十年後の未来を設計する作者の意図を想像する。そんな時間が、今の私にとっては何よりの贅沢になっています。

かつての私は、こうした「型」や「伝統」にそれほど関心があったわけではありません。むしろ、目に見える数式や論理を信じる、典型的な「理系」の人間でした。しかし、長いキャリアの旅路を経て辿り着いたのは、デジタルやロジックでは決して解き明かせない、圧倒的な「型」が持つアートの力でした。

私が座右の銘としている言葉に、「温故知新」があります。お酒の世界に深く身を置くようになり、私はこの言葉の真意を、銀座のバーテンダーたちが紡ぐ「所作」の中に再発見することになったのです。





バーテンダーという「表現者」の、究極のこだわり


彼らが100年も守り続けてきた技術。例えば、一杯のハイボールやジントニックを作る際、彼らは驚くほど緻密な工程を重ねます。氷をグラスに入れ、まず何をするか。ただお酒を注ぐのではありません。バースプーンを素早く回し、氷の角を削り、グラスそのものを完璧に冷却する。そして溶け出したわずかな水を丁寧に捨てる。この一連の動作が、液体を最良の状態で迎えるための「儀式」なのです。

「なぜお酒を先に入れ、ソーダを後にするのか」「なぜ氷のカッティングにそこまでこだわるのか」。その理由を一つひとつ紐解いていくと、そこには「香り」を最大化し、氷の溶解速度を1秒でも遅らせるための緻密な設計があることに気づかされます。

ある名店で、私はその美学の極致を見ました。ソーダを注ぐ際、氷に直接当てないように滑らせる。そして最後にマドラーを一度だけ、上下に優しく動かす。混ぜるのではなく、比重の違う液体同士を「対流」させる。彼らの「究極の所作」とも言える徹底した型。それは、効率を最優先する現代ビジネスからは最も遠い場所にありますが、だからこそ、その一杯には再現不可能な「芸術」が宿るのです。それは決められた作法をなぞるというより、何度も試行錯誤し、削ぎ落とされた末に、結果として残った「必然の動き」に近いものでした。

世界中のプロが、わざわざ日本にその「基本」を学びに来るという逆流現象。それは、古いものをただ守るのではなく、その本質を現代の味覚に合わせて昇華させてきた「温故知新」の賜物です。その圧倒的な型を理解し、本質だけを身体に残していく「守破離」の精神。その美学に触れたとき、私の中のマーケターとしての回路は、大きな転換点を迎えたのです。

バカルディ ジャパンのオフィスにあるバーカウンターにて

反物という「完全設計」に宿る持続可能性


この「型」への敬意は、最近始めた着物の世界にも共通しています。 理系の人間として私が最も衝撃を受けたのは、着物の「設計図」としての美しさでした。

洋服は、人間の体のラインに合わせて布を裁断するため、どうしても複雑な曲線が生じ、多くの「残布(端切れ)」が出てしまいます。しかし、日本の着物は違います。約12〜13メートルの真っ直ぐな一枚の「反物」を、ほとんど直線で裁ち、一切の無駄なく使い切る。余った布は切り捨てるのではなく、縫い代の中に折り込む。これほど完璧に「ゼロ・ウェイスト」を体現した設計が、何世代にもわたる試行錯誤の末に、数百年も前から存在していた事実に震えました。

さらに驚くべきは、その「可変性」です。太れば縫い代を出し、古くなれば解いて「洗い張り」をし、また仕立て直す。自分がいなくなれば、次の世代に受け継ぎ、また別の形にリメイクすることさえできる。

「今の体型に合わなくても大丈夫ですよ、中に折り込んでありますから」 呉服屋さんにそう言われた時、私はそこに究極のサステナビリティと、合理性を超えた「愛情ある設計」を見ました。機能的でありながら、纏うだけで背筋が伸び、心まで調律されるような感覚。それは、デザイン(誰かの依頼で短期間で作るもの)を超えた、アート(100年後に残るような普遍的な価値)そのものでした。





「雀荘のメンバー」として実践した、エンターテインメントのCRM


私のキャリアを語る上で欠かせないのが、学生時代の「雀荘のメンバー」という、一見するとビジネスとは程遠い経験です(笑)。しかし、実はここが私のマーケティングの原点でした。20年以上も前、私はその店で「顧客管理」の仕組みを仲間と一緒に自作していたのです。

誕生日、来店頻度、対局の勝率……。お客様一人ひとりのデータをノートに集計し、「あなたは100回打ってトップ率が30%でしたね」と還元する。自分の考えた仕組みによって、お客様が楽しみ、その喜びが「売り上げ」という対価になって返ってくる。

「試験管を握って将来を設計するよりも、誰かに楽しんでもらった対価としてお金をいただく方が、なんて面白いんだろう」。そのとき感じた手応えが、私をマーケティングという未知の荒野へと突き動かしました。後にP&Gで2万人の頂点を争い、SCジョンソンで「トイレスタンプ」を市場に浸透させたのも、根底にあったのは「目の前の人を驚かせ、喜ばせたい」という雀荘時代のプリミティブな情熱だったのです。





ロンドンに見た「過去」と「未来」の接続点


バカルディ ジャパンに入り、ジンの「ボンベイ・サファイア」を担当していたとき、ロンドン郊外の蒸留所を訪れる機会がありました。そこには、1600年代から現存する歴史的なレンガ造りの建物と、現代のトップデザイナー、トーマス・ヘザウィック(註:日本では2023年開業の「麻布台ヒルズ」の低層部とランドスケープを手掛けたことで注目される)による巨大なガラスの温室が共存していました。

イギリス ハンプシャー州ラヴァーストークにあるボンベイ・サファイア蒸溜所
(画像はボンベイ・サファイア公式サイトより引用)

トーマス・ヘザウィックが手がけたグラスハウス(温室)
蒸溜所の廃熱を利用して温められ、ジンに使われるボタニカル(香草・薬草)が栽培されている
(画像はボンベイ・サファイア公式サイトより引用)

かつてイギリス第二帝国がインドを統治していた時代の造幣局の跡地。その重厚な歴史の上に、工場から出る排熱を再利用して、ジンに使うボタニカルを栽培する最新のサステナブルな温室が佇んでいる。「古いものを守りながら、今の技術で全く新しい価値を吹き込む。これこそが、本物のクリエイティブだ」 圧倒的なアーキテクチャを前に、私は思わず立ち尽くしました。ここでは、効率は目的ではありません。歴史へのリスペクトと、未来への意志が、お酒というプロダクトを通じて「アート」として結実している。その感動は、今でも私の仕事の大きな指針になっています。





お酒は最高の「助演女優」であれ


そんな経験を経て、私は一つの確信に辿り着きました。「お酒を売るな。お酒は最高の『助演女優』になれ」。

人生の主役は、あくまでその場を楽しむお客様です。例えば、特別なジュエリーを纏ってパーティーに参加する女性。彼女が宝石を模した美しいカクテルを口にしたとき、その一杯は彼女をさらに輝かせるための「添え物」でいい。けれど、その助演が本物であり、背景に深いストーリーを持っていなければ、主役を輝かせることはできません。

お酒は論理で飲むものではありません。感受性で選ばれ、その場の「雰囲気」を完成させるもの。押し付ける宣伝ではなく、その場の物語にどう寄り添えるか。この「引き算の美学」を追求することこそが、私たちがお客様に提供できる最大の価値なのだと信じています。





スマホを置いて、本物の「揺らぎ」に触れること


今の時代、スマホを開けばタイパよく「正解」が見つかります。でも、効率的に得た知識は、残念ながら心を震わせる力は持っていません。ご存じですか?今、若者たちの間で香水が流行しているのは、デジタルでは代替できない、人間の本能に訴えかける「揺らぎ」を求めているからではないでしょうか。お酒もまたデジタル化不可能な五感の極みです。

「何がしたいかわからない」と悩むなら、まずは自分の好奇心のアンテナを信じて、本物に触れてみてほしいなと思います。デジタル上の情報に課金するよりも、本物の香りを嗅ぎ、歴史の重みに触れてみる。そこで感じる「心地よさ」や「違和感」こそが、あなただけの個性になります。

効率や正解に縛られず、時には「無駄」だと思えることに没頭してみてください。雀荘での泥臭い経験が今の私を救っているように、あなたが今日触れた「本物」は、10年後のあなたを支える大きな宝箱になるはずですから。

バカルディ ジャパン株式会社にて

インタビューを終えて…


「理系」という極めて論理的なバックボーンを持ちながら、島田さんが今、最も信頼を置いているのが「目に見えない五感」や「非効率な型」であるという事実に、強い説得力を感じました。雀荘での泥臭いデータ分析から、P&GやSCジョンソンといった世界基準の現場、そして現在のバカルディへ。キャリアの点と点を繋いできたのは、常に「人を動かすための緻密な設計」への飽くなき探究心でした。
「お酒は助演女優」と言い切るその視点は、主役を輝かせるためのプロフェッショナルな覚悟そのもの。効率化の波に飲まれがちなビジネスの現場で、あえて「無駄」や「美学」を戦略的に取り入れること。島田さんの歩みは、アート思考が単なる感性ではなく、これからの時代を生き抜くための「実利ある知恵」であることを教えてくれました【M】




その他の連載インタビューシリーズはこちら