森本啓太 《Between Our Worlds》(部分) 2024年 ©Keita Morimoto Courtesy of KOTARO NUKAGA Photo: Osamu Sakamoto 牧寛之氏蔵

小説や映画のジャンルでは恐怖をテーマにするものが人気を博す。人を脅かし、不安にさせる、ときに命まで奪われかねない。そんな状況が人を惹きつけるのはなぜなのだろう。森本啓太の絵を見ると、現代のありがちな若者たちと街の光景が捉えられているのはわかる。しかしさらに深く見ていくと、その奥深さに囚われることになる。それはエドワード・ホッパーの絵にはどれにもある切ない寂寥感、ピーター・ドイグの絵にはある何か事件の予感、それらを感じる、一種の不穏さだろうか。

森本啓太 《Between Our Worlds》(部分) 2024年 ©Keita Morimoto Courtesy of KOTARO NUKAGA Photo: Osamu Sakamoto 牧寛之氏蔵
森本啓太 《Between Our Worlds》 2024年 ©Keita Morimoto Courtesy of KOTARO NUKAGA Photo: Osamu Sakamoto 牧寛之氏蔵

森本の作品には光が大きく作用する。暮れていく空、灯る街灯、看板。発光する自動販売機、目立たせられた公衆電話。若者が持つスマートホンの明るさ。それらがそれぞれ画面の中で効果的に働き、映画のような情景を作り上げる。バロック絵画や20世紀初頭のアメリカン・リアリズム、そして古典的な風俗画の技法やテーマに強い関心をもち学んできた。今回のインタビューでも光に関してレンブラントやカラヴァッジョの名と作品に関する話が飛び出す。

現代のどこにでもありそうで、実はどこにもない場所を描き出す。ときに鑑賞者から、これはどこそこですねと特定できたとばかりに話しかけられるが、描かれた場所はリアルではない。いくつもの個別に撮影された人物写真、風景写真からコラージュを作成し、それを画面上で再構成する。

森本啓太 《Quiet Signals》 2025年 ©Keita Morimoto Courtesy of KOTARO NUKAGA Photo: Osamu Sakamoto 作家蔵

森本啓太 取材には月に3〜4回行きます。最初はグーグルのストリートビューとかで下調べをして、この辺なんかありそうだなみたいなところを見ています。起伏があったりとか、下町のこういうところに何かありそうだなとか、この駐車場いいかもしれないとか。だいたいそのくらいで実際に行ってみて、ランダムに歩き回ってモチーフを見つけます。取材としては写真家のロケハンに近いのでしょうか。

いろんな角度から見てみます。絵の中では場の時間帯は相当ドラマタイズしてます。一つの画面の中でもこっちは暗くなり始めの夕方5時くらいだけど、こっちは夜8時くらいにするとか。昼に見にきて、夜また来て写真を撮ったり。ルネ・マグリットの《光の帝国》はすごく好きですね。

人物も背景も何百枚も撮ってから選ばないと、本当にいい構図ができないです。それらを組み合わせるのですが、たとえばレンブラントの《夜警》は光の方向が一定ではないですよね。この人物の影はこっちに出てるけど、この左上から来てる光は? ってなる。僕の場合はそうそう割れない、相当隠しているところもあるんですけど。映画とかドラマの夜のシーンでもなんでこの人、こんなに光あたってるの?月の光って、絶対こんなに明るくないよねみたいなのはあるでしょ。

森本啓太 《Where we once stood》 2025年 ©Keita Morimoto Courtesy of KOTARO NUKAGA Photo: Osamu Sakamoto 作家蔵

森本 ウォーホルがよく言ってましたけど、「僕には現実よりも映画の方が現実味がある」と。確かにそうかもしれないと思うことがあります。写真って本当にリアルな状況より、撮れたものはなんだか変だったりする。人物2人がこう重なってたりして、線が重なったりしたら、なんか違和感あるぞみたいな。こうオーバーラップした方が自然なんじゃないかとか。

森本啓太は1990年大阪生まれ。2006年にカナダへ移住し、2012年オンタリオ州立芸術大学(現・OCAD大学)を卒業。カナダで活動したのち、2021年日本に帰国。現在は東京を拠点としている。森本は、これらの伝統を参照し、ありきたりな現代の都市生活のワンシーンを特別な物語へと変貌させる。作品はトロント・カナダ現代美術館、K11 MUSEA、宝龍美術館、Art Gallery of Peterborough、The Power Plant Contemporary Art Gallery、フォートウェイン美術館などで展示されてきた。滋賀県立美術館、アーツ前橋、ハイ美術館(アメリカ)、サンドレット・レ・レバウデンゴ財団(イタリア)、マイアミ現代美術館(アメリカ)に作品が収蔵されている。

金沢21世紀美術館の「アペルト19」に森本啓太が選出され、「what has escaped us」という展覧会が開催されている。会場で森本に話を聞いた。大きい作品に混じって、小さなカンヴァスに描かれた作品群が気になった。

「アペルト19 森本啓太 what has escaped us」展示風景 金沢21世紀美術館、2025年 © Keita Morimoto Photo: Kohei Omachi (W) 作家蔵

森本 大きいサイズの絵を描く前の習作段階というか、この0号サイズ(18cm×14cm)で習作のようにたくさん描いて、アイディアを練りながら、あの大きいサイズにつなげていくわけです。そのままやるときもあれば、こういうイメージでとしながら、構図を作ることもある。ですから、上の段は始まりで、対して下の段は1日のパレットに残った絵具を使って描いた抽象画なんです。その日の抽出されたエッセンスみたいなもので、「Echoes of Colour 日付」というタイトルで、何年何月何日の響きですね。始まりに対して終わりというわけではないけれど、途中経過ですかね。あの作品の空を描いた日のパレットにはこの色が残っていたなと。なので、こっちもエッセンスだし、こっちもエッセンスということになる。大きい絵のエッセンスですね。単純にいえば一番エッセンスがないのが大きい絵ということになるかな。小さい作品はすぐ出来るけど、大きい作品はすごく時間がかかるので、最初の印象からはどんどん遠のいていったりすることがあるという意味でもね。

森本啓太 《For the light that left us》 2025年 © Keita Morimoto 「アペルト19 森本啓太 what has escaped us」展示風景 金沢21世紀美術館、2025年 Photo: Kohei Omachi (W) 作家蔵

ウィーンの美術史美術館にあるベラスケスが描いた3歳のマルガリータ王女の肖像を思い出した。肖像画に使われた絵具を全部使って、王女の傍らの花を描いていると言われている。

ディエゴ・ベラスケス 《バラ色のドレスのマルガリータ王女》 1653 – 54年 ウィーン美術史美術館蔵 Kunsthistorisches Museum

それともう一つ、19世紀から20世紀にかけてのスイス出身の画家、フェリックス・ヴァロットンの《嘘》という絵。黒いスーツの男と鮮やかな赤いドレスの女がソファで抱き合う。このあとの2人の関係の進展はサイドテーブルの上に花瓶に生けられた花の色が語る。その薔薇の花は赤と黒を混ぜた深い深い色。

フェリックス・ヴァロットン 《嘘》 1897年 ボルチモア美術館蔵 The Baltimore Museum of Art. The Cone Collection, formed by Dr. Claribel Cone and Miss Etta Cone of Baltimore, Maryland, BMA 1950.298

画家の自信が油彩画にはっきり現れる

森本 西洋絵画をもとにした絵を描いてたりしたので、メトロポリタン美術館とかよく通っていたんです。マネとかサージェントを見ても、一番上のレイヤーはもうほぼ一発で描いているんです。
やっぱりその日の瞬間的な、なんだろうな、偶発性というか、ワンレイヤーで描くっていうのはなんだか習字とも通じるところがあると思います。2度描きしちゃダメみたいな。油彩もほぼ一緒なんです。油彩ってフレキシブルって言われるでしょ。それ、僕の中では嘘で、油彩って手を加えれば加えるほど、自信がない作品に見えてくるんです。見ていて、あ、この人、ここ、あまり自信ないな、みたいにわかってしまう。
マネとか、ちょっと顔がグネってなってて、でも、あれ、一発で描いてるから自信があるように見える。やっぱり油絵具の重なりが自然な方がきれいなんです。ここを5本の筆で描くより、2本で描いた方がきれい。
サージェントがパトロンの肖像画を描くときに15回くらい失敗して、もうダメだって毎回削り取るんですね。もう無理です、って。1ヶ月くらい悶々として、そのマダムに会って、もう1回描かせてくれって言って、一発で仕上げたというストーリーがある。

西洋絵画のマスターピースと言われるような絵画は本当にそういうものが多い。どれだけ、一発で描けるか、自信満々に描けるかみたいな。だから、コンテンポラリーでもキャサリン・バーンハートとか、ロバート・ナヴァとか、すごくナイーヴに描く作家とかもいるんですけど、あれもやっぱり一発の、このペンキでバーンみたいだから強いんです。そうそう、デ・クーニング、あれ、細い筆で加えていったら、たぶんもう最悪の絵になるでしょう。逆にモネだと、細い筆のみであの点描のようにしていく。それぞれルールを決めて、それに従って描いていることが感じ取れますね。

習字というと、以前、李禹煥さんにインタビューしたとき、彼が日本に来る前、彼の生まれた家には食客とか、書生のような人が出入りしていて、少年李禹煥に書道を教えてくれてたそうだ。のちのち、「点より」「線より」の作品を作ってるとき、その書道の経験が大きかったと話してくれた。

油画はどんどん重ねていけることが長所だと思われている。森本が他の画家と違うとしたら、油画であっても一発で描くことの重要さに気づいていることか。そういえば以前、ロンドンのナショナルポートレートギャラリーでデイヴィッド・ホックニーが水彩で描いたほぼ等身大のポートレートを見た。水彩だともし失敗したら最初から描き直すのかなぁとか考えさせられた。

森本 ホックニーはああいう水彩もそうですけど、一番すごいと思うのはペンのドローイングなんです。細いペンで描いてるの。去年の1月までナショナルポートレートギャラリーでレトロスペクティブ(回顧展)やってて、狂いのない1本の線で描いてしまう。その曲線は1回1本。どうやってるんだろう、AIかな、この人って思うくらい。線1本で対象を捉えてしまうドローイングのクオリティはもう震えるくらいで、ちょっと鳥肌ものでした。たとえば人が寝ているその角度を線1本で捉える。なんだ、この人は。その上、なんで絵具でナイーヴに見せようとするんだろう、みたいな。たぶんホックニーは隠したいんだと思いますね。

画家と絵の話をするのは実に楽しい。参考になる。次にホックニーの絵を見るのが楽しみだし、油画の描かれ方を気にして見てみたいと思う。今回の最新作、そして展示全体についても語ってくれた。

森本啓太 《This stays between us》 2024年 ©Keita Morimoto Courtesy of KOTARO NUKAGA Photo: Osamu Sakamoto 牧寛之氏蔵

森本 これはもう原点回帰というか、大学時代に好きだったちょっとマンガ調の画風を取り入れてみたところがあります。いろいろな作品を出していてまとまりがないようではありますが、ポーズとか光でまとめてはいます。それを考えると、去年、ホワイトチャペルでやっていたニコール・アイゼンマンのレトロスペクティブを思い出すんです。同じ年に描いた絵でもまったく違う作風のもあって、それでも同じ画家だとわかるのもすごいし、毎回実験のような描き方ができるのはなんて自由なんだろうって思いました。

「アペルト19 森本啓太 what has escaped us」展示室にて、画家の森本啓太さん

アペルト19 森本啓太 what has escaped us

会期|2025年5月20日(火) – 10月5日(日)
会場|金沢21世紀美術館 長期インスタレーションルーム
開館時間|10:00 – 18:00(金・土曜日は10:00 – 20:00)
観覧料|無料
休場日|月曜日(ただし7/21、8/11、9/15は開場)、7/22、8/12、9/16
お問い合わせ|076-220-2800

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