今回の鑑賞ワークショップで使用した、AITオリジナルの「心の感じかたをみつけるノート」

近年、障害の有無や年齢などに関わらず、さまざまな人がともに美術を鑑賞できる取り組みが広まりつつある。そのひとつが、多様な参加者と展覧会を見て回るインクルーシブな美術鑑賞プログラム。プログラムはどのように進められ、そこではどのような価値が生まれているのだろう。NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]が2025年1月25日(土)に 実施した、障害の有無や年齢を超えて、さまざまな人がともに芸術を体験するプロジェクトCollective Amazements Troupe (CAT)による「アートと心のインスピレーション・プログラム」をたずねた。
 
 
写真=阪本  勇




さまざまなバックグラウンドを持つ参加者


少し肌寒い冬の朝、会場となるアーティゾン美術館の前に集合した。今回訪問した展覧会は、「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて」。主にインスタレーションや彫刻などの作品を発表し、国際的なアートシーンで注目を集めている、毛利悠子さんの展覧会だ。

「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて」  石橋財団アーティゾン美術館


集まった参加者は、障害のある人、ない人、小学生、中学生、高齢の人、さまざまなバックグラウンドを持つ人たち14人。4つのグループに分かれ、それぞれのグループに進行役のファシリテーターと鑑賞サポーターが3,4人ずつ配置される。参加者の一部は、今回のプログラムに協力している「アトリエ・エー」のメンバーだ。20年にわたりダウン症や自閉症の子どもを中心としたメンバーで表現活動を行う市民グループで、毎月1回アトリエ・エーに通い、絵を描いたり歌を歌うなどの表現活動を行っている。なかにはアーティストとして作品を発表している方もいるそう。一方で、美術館のようなオープンな場所で作品を観ることはまだあまりしていないとか。AITでは数年にわたり、そうした市民グループや時に海外の美術館と連携しながら「アートと心のインスピレーション・プログラム」を実施している。アトリエ・エーを主宰する赤荻徹さんは、「メンバーがどんな風に鑑賞するのか、今後の表現にどう繋がっていくのかが楽しみだ」と話してくれた。



自由な鑑賞方法と作品を通した交流


グループ内で自己紹介をしあい、注意事項などの説明を聞いて、6階の展示会場へと向かう。

最初に出会った作品《Decomposition》は、果物に電極が刺さっているもの。その真下に置かれた家具からは音楽が流れている。「なんの音だろう?」「この線はどこに繋がっているの?」「なんだかフルーツの匂いがする!」参加者同士、またファシリテーターや鑑賞サポーターと会話をしながら、作品を鑑賞している。

会場の奥の方には、はたきのようなものが予期せぬタイミングで動く作品《I/O》。鑑賞者同士、思い思いの感想を言い合う。なかには、小さな歓声をあげながら、笑ってみている人も。

自動演奏されるピアノの前で、じっと身動きせずにいた人は、ある音が鳴った瞬間、満足そうに歩き出した。聞くと、気に入ったその音が鳴るのをずっと待っていたそうだ。

よく見ていると、参加者のみなさんの鑑賞の仕方はとても自由だ。じーっと微動だにせずに作品を見続けている。かと思うと急に立ち上がり、順路にとらわれることなく、見たいと思ったところに移動してみる。何度も何度も同じ作品を見に行く。それぞれ、気に入ったポイントを見つけながら、全く飽きることなく、いつまでも展覧会場にいたい、といった様子だった。

参加者には、鑑賞のヒントに使える『こころの感じかたをみつけるノート』(制作:AIT)が配布され、それぞれの関心に応じて自由に活用してもらっている。作品を見た時のこころの動きや感想を問いかける内容となっており、文字や絵などで書き込めるものだ。鑑賞サポーターのみなさんは、そうしたノートを一つの手がかりに、また参加者の動きに注意を払いながら、さまざまな言葉を投げかけている。「これなんだろう?」「気になる形はあるかな」「もし触れたらどんな感じかな」「どこで何をしてるんだと思う?」など。素材や五感、想像できる物語、どんな気持ちになるかなどを聞いている。とても自然な対話と交流が行われていて、それは、そこにいる人たちみんなにとって、とても幸せな時間のようだった。

会場には、会期最終日が近い週末だけあって、多くの人が鑑賞に訪れていた。ツアーの鑑賞者たちは決して静かに大人しく観ているわけではなかったが、その様子も含めて、他の来場者もその場を一緒に楽しんでいるようにも見えた。



ファシリテーターや鑑賞サポーターが感じた価値とは


予定された鑑賞時間である2時間は、あっという間に過ぎたように感じられた。3階のロビーにある石橋正二郎さんの銅像の前に集まり、それぞれ気になった作品やエピソードなどを共有する。「私も絵を描きたい」といってノートに鉛筆で書き始める子もいる。「暗い展示の部屋は肝試しみたいだった」「お母さんに見せてあげたいと思った」「どの作品を観ても色々な物語が浮かんできて、楽しい想像ができてとても満足した」。参加者だけでなく、一緒に鑑賞したファシリテーターや鑑賞サポーターも感想を発言し、和やかな共有の場となった。

今回の企画は、障害のある人など多様な特性のある人たちと一緒に、アクセシビリティに配慮しながら、美術館で楽しく鑑賞する機会を提供しようというもの。当然主役は、さまざまなバックグラウンドを持つ参加者たちだ。しかし実際に参加してみて、この企画はファシリテーターや鑑賞サポーターとして参加する人にとっても多様な価値を持つのではないかと気付かされた。



ファシリテーターとして参加した、大学生の藤原伊織さんは、今日の体験について振り返る。

「とにかく鑑賞の仕方が刺激的で面白かったです。展示順通りにすべての作品を見るのが当たり前、むしろそうしなければいけないと思っていた自分と違って、思い立ったように好きなタイミングで好きな作品を観に行く。そして気になる作品のところには何度も戻って、会場内をぐるぐる回る。結局全く観なかった作品もあるんですよ。でもそれでいいんだなと気付かされました。みんなすごく楽しんでいたし、話してくれる言葉が気持ちや感性に対してストレートで、どんどん出てくる。表現の言葉が豊富でおどろきました。」

自分とは過ごす環境や特性が異なる人たちと鑑賞することで、新しい気付きを得たようだった。また作品の前では参加者と対等で自由なコミュニケーションができていたことが感じられる。



ボランティアで参加していた資生堂の秋山名子さんは、「今日の体験は宝物だ」と話してくれた。

「目の見えない参加者の方に、目の前にある作品のことを言葉で説明してくださいと言われて。通訳の仕事を15年もやってきて、言葉にするのは得意だと思っていたのですが、実際にやってみるとできないんですよね。目で見えている世界に当たり前に触れている人間が選ぶ言葉は、そうではない人にとっては理解しづらいかもしれません。一方で、同じグループにいた小学生の男の子が、こちらが全く想像もしない視点で目が見えない彼に対して、自分が見たこと、そしてそこから想像したことを伝えてくれたんです。それは、私がまったく見えていなかったことや聞こえていなかったことでした。 感動して涙が出てしまって、雷に打たれたように震えました。自分の中のこれまでの知識や認識、概念で作品に触れて、そこで自己完結してしまっていた、ということに気付かせてもらいました。身体的にも過ごしている環境も、自分と違う人と感じたことを共有し合うことが、こんなに感性を刺激して開いてくれるんだなあと。全身の細胞が泡立つような衝撃的な体験で、人生の宝物をもらったようです。」

こうしてお話を伺うと、インクルーシブな美術鑑賞プログラムは、さまざまな特性のある人たちの表現活動を支援するためのものだが、ガイドするスタッフも含め、すべての参加者にとって、ともに学び成長する場となっていることがわかる。秋山さんは、「今日得たことは、このまま知ることもなく生きていたらこの先の人生もったいないと思うほどのものだった」とも話してくれた。



自分では気づかない視点や感覚を発見する


今回の鑑賞プログラムは資生堂カメリアファンドから寄付を受けて運営されており、また活動に賛同した有志の社員数名がボランティアでこのプログラムに実際に鑑賞サポーターとして参加した。秋山さんもそのうちのひとりだ。「参加者の皆さんをサポートする側がむしろ、本当にたくさんの素晴らしいものをいただいてしまった」と皆、口をそろえる。

ボランティアで鑑賞サポーターとして参加した資生堂の皆さん

「資生堂カメリアファンド」は社員の自らの意思で毎月給与から寄付している活動、と説明してくれた資生堂カメリアファンド担当者の岸部二三代さん

今回の鑑賞プログラムにアクセシビリティの観点から協力した「みんなでミュージアム」プロジェクトの平澤咲さんとNPO法人エイブル・アート・ジャパンの鹿島萌子さんは、さまざまな特性のある人たちの美術館訪問をサポートする心がけや留意点を教えてくれた。またAITが行う「dear Meプロジェクト」のスタッフは、多様な子どもたちと一緒に鑑賞する際の寄り添い方のヒントを伝えてくれた。「同じ位置、目線、方向から一緒に見ること、一緒に発見すること」「よく観察して、本人の声を聞くこと」「どんな意見も否定はせずに、まず受け入れて肯定すること」。これは、障害のあるなしに関係なく、一般社会でも当然必要な視点のはずだ。しかし、似たような属性の人が集まる会社組織などの中では、ともすると忘れられがちなのではないだろうか。



AITのキュレーター、堀内奈穂子さんは言う。

「AITでは2016年より、子どもや若者とともにアートを通して生き方や考え方を育むプロジェクトである「dear Me」を実施してきました。その後、その一環として、数年にわたり多様な参加者とともに芸術体験や鑑賞プログラムを行う「アートと心のインスピレーション・プログラム」を創出してきましたが、参加者を公募するのは今回が初となりました。このプログラムで目指すのは、いわゆるマニュアルに沿ったアクセシビリティではなく、同じグループの中でそれぞれが必要とするサポートの方法を模索しながら、自分では気づかない視点や感覚をお互いに発見することです。ある人は「音」に気付き、ある人は「色」に気づく。それを互いに知ることで、普段自分が認識している世界の外にある感覚や知と触れ合うようことや新たな批評の場を作ることを目指しています。こうした体験からの気づきは、職場や学校など、生活の中の身近な場面でも応用できると考えています。」



普段出会うことのない、自分とは異なる環境で生きる人たちと一緒に鑑賞することや対話することで得られるものや育まれる視点は、組織の運営においても、また個人がこれからを生きていく上でもかけがえのない価値を持つ。社会人として活躍する多くの人がこのようなプログラムに参加し、何らかの『宝物』を見つけてくれたら。美術を通じて新たな発見をすることを期待したい。






多様な人と体験する、美術鑑賞と創作のワークショップ
「新たな鑑賞の楽しみ方を見つける、アートと心のインスピレーション・プログラム」

主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]

企画:AIT ディア ミー

協力:アトリエ・エー、NPO法人エイブル・アート・ジャパン(みんなでミュージアム)
寄付:資生堂カメリアファンド

本事業の鑑賞サポートは「東京文化戦略2030」の取組「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー」の一環でアーツカウンシル東京が助成しています。

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インディペンデント・キュレーター
NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(AIT)

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