中目黒のN&A Art SITEで友沢こたお個展「Réflexion」が開催中だ。東京藝術大学大学院美術研究科を修了後、初の個展となり注目度も高い。スライム状の物体に顔を覆われた自画像など、写実的な油彩で知られる作家がいま考えていることとは? 在学中からその独自の世界にひかれていたというスマイルズ社長でありアートコレクターの遠山正道が対面した。
聞き手・文=小倉倫乃
遠山 最初に僕がこたおさんの展覧会を認識したのは、3331 Arts Chiyodaで行われた「WAVE2019」展だったと思います。結構激しい作品のフライヤーが印象的でした。
友沢 大学3年生の時のグループ展ですね。
遠山 その後、学部の卒業制作展を見て、初めて作品を購入させていただきました。
友沢 あの作品は当時、一番うまく描けた「SLIME」シリーズだったので、嬉しかったです。
遠山 今回の展示でも、2022年にPARCO MUSEUM TOKYO「SPIRALE」で発表されていた「SLIME」シリーズの作品がラスボスのように展示されています。スライムのイメージは強いインパクトがあったのですが、最初はどのように思いついたんですか?
友沢 思いついたというよりは、衝動的にスライムをかぶってしまった出来事があって。やってしまってから、これを描いてみたらいいんじゃないかと。昔から何を描いても、ぬるぬるしたテクスチュアになってしまうこともあって、突然描いてみたくなったんです。
遠山 以前、りんごを描いてもぬるぬるした感じになると言っていましたよね。
友沢 自分の皮膚で感じてからでないと、確かにそこにあるという実感が持てないんです。今回展示している作品《slime L》は遠山さんに購入いただいたものよりも前に描いたもので、実験的な作品だと思っているのですが、蛍光灯の反射光が強く揺れ動いて、反抗的な表情をしています。当時、すごく気に入っていたので、手元においておきたくて売ることができなかったんです。
遠山 3年前ぐらいに知り合ってから、北軽井沢の別荘で僕の会社(The Chain Museum)が主催した「アーティスト・イン・レジデンス」に2022年、2023年と参加してもらったんですよね。お母様で漫画家の友沢ミミヨさんも一緒にお越しいただいて。
友沢 離れのお部屋を借りて、そこでスライムをかぶって、その姿を写真に撮って、太陽光のもとで描きました。
遠山 こたおさんの絵は実際に自分で体験したことを表現しているんですよね。
友沢 そうですね。全部自分でやるというプロセスをとっています。自分の皮膚で感じたその時の感覚を大切にしているし、自分の体を使ったことをこれからも続けようとしています。
遠山 スライムをかぶって、ちょっと今のはうまくいかなかったなとか、変だからやり直そうということはあるんでしょうか?
友沢 そこは全くコントロールしていないんです。そうなったら、そのままの姿を残します。
遠山 このスライムはどんな素材なんですか?
友沢 市販のものを使うこともありますし、自分で色を加えたり、作ることもあります。遠山さんのレジデンスにお邪魔した際は自然光がはいってくる部屋だったので、初めて太陽のもとでスライムをかぶったり、色や光の広がりが見えたので、違った作品を描きました。それまでは室内で蛍光灯の光をつかった光沢感だったのですが、新しい感じがしますね。
遠山 このギャラリーも窓があって自然光が綺麗ですね。
友沢 色々な色が見えたりします。
遠山 この《Slime CXCVIII》は人間がふたりいます。これは初めて見たかもしれません。
友沢 この絵には顔が2つありますが、どちらも自分です。
友沢 新作の《Reflection III》は先日インドに行ってから描いた絵です。インドの混沌の中に身を置いて、はじめて正気というものの輪郭が見えました。何かを掴み切れたということはないのですが、心の中にノイズが入ってきたり、パーっと伸びやかに感じたり、混沌というものをかみしめてきました。ヨガもやっているのですが、自分の精神を毎日見つめて過ごしています。
遠山 こたおさんを見ていると、没頭して制作できることって、すごく羨ましい。僕の話をすると、60歳を過ぎて、初めて不安みたいなものを感じることがあるんです。
友沢 そうなんですか!?
遠山 視力が弱くなってきたこともあるのか、気弱になることもあって。夜中に呼吸が浅くなって不安に襲われて、ベッドから出てウロウロしたり。パニック症候群とかそういう感じなのかもしれません。でも、そんな自分にすこし嬉しい感じもあります。幅が広がるというか、知らなかった自分に出会えた気がするんです。ちょうど北軽井沢の土地で、孤独で不便さを感じることと同じようにね。
友沢 わかります。精神の起伏ってありますよね。私は小さい頃から落ち着いていたことのほうが少ないです。泣いていることも多くて、小学校に行き始めたときは、これはいいけれど、これはダメと言われたりすることに、常にドキドキしていました。そんな時に絵を描くことが助けになってくれて、本当の自分でいられるようになりました。自分の在りどころが分からなくなった時には、描くことで繋ぎ止めているような感覚です。
遠山 描いている時はどんな精神状態なんですか?
友沢 透明人間みたいな感じですね。一気に時間が過ぎてしまって、一日中描いています。
遠山 こたおさんて、単純に言ってしまうとすごくセンスがいいんですよね。美術界の大谷翔平選手みたいになれる存在だと思っています。これまでに漫画も描いていたし、音楽も好きだし、インドへの興味も尽きない。若い世代の美術の鑑賞者たちの興味ともつながるんじゃないかな。だから、何かのレールの上を行くのではなくて、独自の自分の道を切り開いていってほしいんですよね。
友沢 色々な経験を積みたいし、色々な国に行って、自分の体で得たものを作品に落とし込んでいきたいですね。自分が正気でいられることを探すのを“修行”と呼んでいるのですが、音楽も修行の一部なんです。いまはディジュリドゥとギターを練習しています。ヨガの影響からか、呼吸法にも興味があって。毎朝、呼吸を深める時間をとっています。
遠山 ディジュリドゥは呼吸が大事そうですね。
友沢 やっぱりリラックスできた状態のほうが、いいアイディアがひょいとおりてくるし、リラックスさせるために感情をコントロールする方法を身に付けたい。毎日、心の中が常に戦いみたいな状態なので。
遠山 ギターはどんな曲を練習しているんですか?
友沢 ノイズ的なものもやってますし、ビートルズやグレートフルデッドも好きです。あと短歌も最近始めました。
遠山 幅広い興味があっていいですね。人生まだ始まったばかりだもんね、うらやましいな。来年もインドにも行くようですね。
友沢 漠然とした憧れがずっとありました。もともと母がインド好きで、昔はよく旅行したそうです。彼女は何事にも動じない人。私が混乱しているところを見ても、「私はインドを知っている」と落ち着いて構えています。その姿をみていたからか、私もいつかインドに行かなくてはと思っていたんです。ビートルズもインドに影響されていた頃が好き。来年は少し長めに滞在できないかなと考えています。
遠山 いいですね。その前に、11月に僕の会社が手がけた京橋に開業するアートギャラリーとベーカリー&カフェが併設する「Gallery & Bakery Tokyo 8分」ができるのですが、その柿落としはこたおさんの個展にさせてもらいました。
友沢 来週下見に行く予定なのですが、どんなスペースなんですか?
遠山 全体で100坪と大きなスペースです。天井も高いところで5.5メートルぐらい。今回はほぼ新作を描いてもらう予定ですよね?
友沢 はい。遠山さんがお持ちの作品も借りるかもしれませんが、できるだけ描きおろしたいと思っています。大きなスペースですし、でっかい作品もいいですね。
遠山 最近、北軽井沢の別荘に隣接した敷地にあるアトリエ向きの建物を譲っていただいたんですよ。制作の環境もあるので、また北軽井沢で作業してくださいね。
友沢 ありがとうございます。楽しみにしています。
会期|2024年8月30日(金) – 9月28日(土)
会場|N&A Art SITE[東京・目黒]
開廊時間|12:00-17:00
休廊日|日・月曜日、祝日
会期|2024年11月2日(土) – 12月1日(日)
会場|Gallery & Bakery Tokyo 8分[京橋・TODA BUILDING(本年11月開業)1F]
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