コンスタンティン・ブランクーシ 《アトリエの眺め、「無限柱」、「ポガニー嬢Ⅱ」》 1925年 東京都写真美術館蔵

ブランクーシの展覧会を彼のおよそ100年後に生まれた同じく彫刻家の大竹利絵子と見る。作家としてはまったく異なる二人。ただ一つ共通しているのは、それぞれの作品は時を超越していることだ。たとえば、過去を新しく、未来を懐かしく思えるような。
さて、20世紀の彫刻に、いや、人類史に大きな足跡を残した巨人の仕事を、現在最も注目を集めている彫刻家の一人、大竹はどう見たのだろうか。

たとえば、彫刻がその輪郭を超えたところにあるとしたら。固有の量や質を備えたかたちは、私たちが知っているつもりの世界の境界をいともたやすく飛び越え、想像という歓びを感受させてくれるだろう。それは、とても尊い。
コンスタンティン・ブランクーシ。1876年、ルーマニア生まれの彫刻家。30代の時、大家であったロダンとは別の道を歩むことへの表明であるかのように直彫りでの作品に取り組み始める。作家自身の手によって達成することにこだわり、彫刻や石や木が置かれたアトリエ自体もまた作品となった。
極限まで単純化され、素材の特性によって異なる表情を与えられた形態は直感的な選択のようでもあるが、作品がどう見えるかという問いを元にアトリエで撮影された写真には彫刻を決定するための実験的な試みが記録されている。傍らには木製ベッドが置かれ、寝泊まりしながら制作を続けたというその場所で、彫刻家はこの世界の不思議と交信していたのだろうか。

《コンスタンティン・ブランクーシ》 1924年(撮影:キャサリン・ドライヤー) 石橋財団アーティゾン美術館蔵

初期の作品《苦しみ》の少年の頭部は、空間の中でふさわしい位置を探すかのように自身の肩に重さを預ける。存在する上で逃れられない事象を受け入れながらも、彼自身の身体から独立した意志を持つ頭部という名の塊は、せり出すように、重さと対局にある浮遊感を漂わせている。この作品から、後の横たわる頭部のシリーズである《眠れるミューズ》へと発展する気づきを、作家がすでに得ていたことが予感される。

コンスタンティン・ブランクーシ 《苦しみ》 1907年 アート・インスティテュート・オブ・シカゴ蔵  Photo image: Art Resource, NY

コンスタンティン・ブランクーシ 《眠れるミューズ》 1910-1911年頃 大阪中之島美術館蔵 ■本作品の展示は終了。同主題のシリーズでは、《眠れるミューズⅡ》(ブロンズ)を展示中

また、《ポガニー穣Ⅱ》や《王妃X》にも通じる、頭部と腕や胸などの限定された身体パーツでの組み立てを試みた初期のものとも捉えられるだろう。

コンスタンティン・ブランクーシ 《ポガニー嬢Ⅱ》 1925年(2006年鋳造) 石橋財団アーティゾン美術館蔵

「ブランクーシ 本質を象る」展示風景 手前左:コンスタンティン・ブランクーシ 《王妃X》 1915-16年(2016年鋳造) ブランクーシ・エステート蔵 撮影:木奥惠三 図版提供:石橋財団アーティゾン美術館

《接吻》は一見して抱擁する男女の像であるのがわかる。彫られた横顔は、私たちの知覚を喚起して、想像の中で輪郭を象り像の厚みを形成する。対象の真に迫ることによる単純化、かつ綿密な構造にしばし目を奪われる。彫刻のまわりを1周、2周、3周… もう数分間も見つめていただろうか。すると、次の瞬きの瞬間、目の前に置かれた男女の抱擁の像は、初めて出会ったような驚きと、自分がいる位置さえもわからなくなるような認識の揺らぎを投げかけてきた。

コンスタンティン・ブランクーシ 《接吻》 1907-10年 石橋財団アーティゾン美術館蔵

「あれ? これは何だったっけ?」私は、深い奥行きに包まれたどこかに迷い込んでしまったようだ。彫り出された塊であったはずの彫刻は、一瞬で知らないものへと姿を変えた。もしくは、その変容の渦中という様子で、彫刻家によってむき出しにされた新しい生命を発していた。
ある対象を掴み取るという挑戦は、時としてぎりぎりの緊迫をはらむ。ひとつの線として繋がれた唇、同じ位置に定められた瞳は、この世界の普遍を獲得しようとするかのように宙の中で刻まれる。素朴さと同時に神秘性を有するその秘密は、4つの面の強調による構築に隠されている。男女の肩から指先への、重なり合いながら伸びやかな印象を放つ造形は、包み込むように内側の充満を抱えている。原型が石の塊だと触知できる形態と、線状に描写された表面によって、視線は見えない向こう側へと到達する。つまり、全体と、選ばれた細部の構成によって、置かれた塊は強固さを持ちながらも、私たちを未知へと誘う両義性を持つのだろう。その一刻一刻は、人生を彫刻に捧げるというただならぬ決意と共にあるように思えた。

眠る幼児》は重力に従わない髪のボリュームによって浮かぶように漂う。同年に制作された大理石の同タイトルの頭部は木の台座を含む。ここでは台座は彫刻の身体でもあるのだろう。《眠れるミューズ》は、頬や額の柔らかな線から成る表情が抽象性を帯びることで、在るということが強く記され、この世界の根源的な事物の成り立ちを語りかける。《うぶごえ》や《頭部》では、顎まで開かれた口や、輪郭を成す曲線の中に深く刻まれた目や鼻の直線によって、彫刻は開口部となり内からの息吹を直截的に訴えかける。
《ミューズ》においては、頭部を支える腕もまた台座によって支えられるという重層構造をその存在の礎とする。自惚れずに、作品の自立を保とうとする距離感がどの作品にも共通していて、その奇跡についての確信を覗かせる。

コンスタンティン・ブランクーシ 《うぶごえ》 1917年(1984年鋳造) 名古屋市美術館蔵

「ブランクーシ 本質を象る」展示風景 左の彫刻作品:コンスタンティン・ブランクーシ 《ミューズ》 1918年(2016年鋳造) ブランクーシ・エステート蔵 撮影:木奥惠三 図版提供:石橋財団アーティゾン美術館

天窓からの光が降り注ぐ白いアトリエにある彫刻は、時間の経過によって違う様相を見せながら、親和性を持って周囲との関係を結んだのだろう。アトリエを模した展示室に身を置いた。光を浴びる彫刻が大理石によるものだとしたら、どのように白く発光するのだろうかと想像し、100年ほど前の写真の中に自分の影を重ねてみる。彫刻家が、自らが生み出した作品によって、つくることへの連続性を途絶えさせなかった理由が見えた気がした。
素材によって、その造形のスタイルを大胆に変えていたことも興味深い。ブロンズでは、周囲の影響を多く作品に取り込む。光による造形は、彫刻が限定された角度からの把握しかできないことの制約から私たちを目覚めさせ、不透明さを保持したまま、輪郭の外へと意識を羽ばたかせる。
充実した量であることが多いブロンズに対して、木彫では木が周囲を刻むように存在の影響を及ぼす。像が有する穴や、直線的な面の連続によってその周囲を透かし、空間のボリュームを引き寄せる。

「ブランクーシ 本質を象る」展示風景 アトリエを模した展示室 アーティゾン美術館学芸員、島本英明さんと大竹さん

《レダ》は、女性が白鳥に姿を変えたものとされている。素材への敬意と熟練により洗練された感性は、大理石とブロンズによって異なる完成を迎える。写実に寄りかからずに本質を捉えること。素材によってもそのパズルは組み替えられ、真に置かれるべき正しい位置を取り戻す。磨かれた金属による円形の台座は厚さ1㎝に満たない。
視線を真横にそらすと、その厚みは上下の世界を分断し、同時に透過させる役割を担っていることに気づく。白鳥が浮かぶ水面は、地と天を分けながらもお互いを照らし続けていた。彫刻たちの重さを受ける台座にも創作の意識が及んだのは、当然の事だったのだろう。

「ブランクーシ 本質を象る」展示風景 コンスタンティン・ブランクーシ 《レダ》 1926年(2016年鋳造) ブランクーシ・エステート蔵

《雄鶏》や《空間の鳥》は、台座を世界の境界ではなく、作品と比するものとして扱い続けた彫刻家の結実のように堂々と光を放つ。水平と垂直によるリズムによって、頂点である頭部の輝きは天を示し彼方へと飛翔する。
《無限柱》は、鋳物の塊が積み上げられることにこだわったという。ステンレスではない。重さによる身体性が重要だったのだ。下から見上げると、雲の中へ続くかたちはどこまでも伸び続け、見るものは、空の高さに意識を捧げる。

コンスタンティン・ブランクーシ 《雄鶏》 1924年(1972年鋳造) 豊田市美術館蔵 撮影:木奥惠三 図版提供:石橋財団アーティゾン美術館

コンスタンティン・ブランクーシ 《空間の鳥》 1926年(1982年鋳造) 横浜美術館蔵 撮影:木奥惠三 図版提供:石橋財団アーティゾン美術館

中央の作品が《無限柱》。 コンスタンティン・ブランクーシ 《アトリエの眺め、「無限柱」、「ポガニー嬢Ⅱ」》 1925年 東京都写真美術館蔵

マン・レイやマルセル・デュシャン、モディリアーニ、20世紀の偉大な作家たちの親交を想い描きながら、彫刻と彫刻のあいだを歩いた。作品をアトリエに並べることにこだわり、その空間で友人などに見せる際、驚き含んだ演出を準備するという茶目っ気もあったようだ。また、助手として関係していたイサム・ノグチによると、ブランクーシは彼が出会った若い時から、すでに人格者として形成されていたという。
直彫りにこだわったその歩みは、晩年、生産の必要に迫られ、次第に他者の介入を余儀なくされた。

最後の展示室、壁の向こうに置かれた《プライド》を視界の端に捉えつつ《空間の鳥》と向き合う。原始の感覚を呼び覚ますことで未来へと進んだこの彫刻家に憧れを抱き、彫刻の魔法にかけられたまま、もうしばらくはこの世界を自分の目で見つめていたいと思った。

ブランクーシ 本質を象る

会期|2024年3月30日(土) – 7月7日(日)
会場|アーティゾン美術館 6階 展示室
開館時間|10:00 -18:00[金曜日は10:00 -20:00]入館は閉館の30分前まで
休館日|月曜日
お問い合わせ|050-5541-8600(ハローダイヤル)

 

■同時開催
石橋財団コレクション選(5・4階 展示室)特集コーナー展示 清水多嘉示(4階 展示室)

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