
絵画が主観によるものなら、写真は主観+客観か。絵画が画家の意思によるものなら、写真は撮影者の意思+偶然か。絵画にとって脅威であり、挑戦者であった写真はまた、絵画を理解するための道具にもなった。鈴木理策は画家の見た風景を写真機に預け、差分を割り出すことで画家の仕事への理解を深める。開催中のアーティゾン美術館での展覧会を読み解くための作家自身による寄稿。🅼
今回の展覧会では、アーティゾン美術館の収蔵品から選んだ絵画作品を自分の写真と同じ壁に並べて掛けるという機会を得た。19世紀に写真が発明されてから、絵画と写真の関係はいろいろな形で影響し合ってきたが、敢えて並べてみることによってあらためて見えてくるものがあったと思う。
モネの睡蓮の作品に対しては、写真の特性であるレイヤーをキーワードに考えた。写真機を使って風景の中にピントを合わせるとき、それは点ではなく、面でピントを合わせている。フレームの中央の花にフォーカスした場合、画面上では花の上下左右にピントが合う透明な面(レイヤー)が生じているということだ。私が使っている大型カメラは前面のレンズを通った光が暗箱の中に像を投影し、それを背面の摺りガラス上で確認できるようになっている。シンプルな構造ゆえ、そうしたレイヤーの変化がとても確認しやすい。

鈴木理策
左|《水鏡 14, WM-77》2014年 作家蔵 右|《水鏡 14, WM-79》2014年 作家蔵
モネは自らデザインしたジヴェルニーの庭で睡蓮を描く際、水面に映る空の雲、水面に浮かぶ睡蓮の葉や花、さらには水の中の風景のそれぞれをキャンバスという同一の面に描き分けた。写真ならば個別に撮らざるを得ない複数のレイヤーを、モネは一枚の絵の中に同時に設定しているのだ。鑑賞者はそれらの異なる層を行き来することで絵画空間を経験する。

クロード・モネ《睡蓮の池》1907年 石橋財団アーティゾン美術館蔵
モネの睡蓮からイメージされる写真の特性として、「今」という時間の感覚も挙げられる。印象派の画家たちが目指したものは「視覚の現在」であったということはたびたび指摘されてきた。しかし、今のこの瞬間を描き止めるということには、絵の具を重ねて画面を仕上げていく絵画において矛盾がある。対象は見る度に変化し、自身の感覚も移ろうはずだ。その中で画家たちは多様な表現を模索していったが、モネが手に入れたのは、見る度毎に生まれる色彩のきらめきを描くことだった。「今」を求め続けた瞬間の重なりが、不均一な色の重なりとして表れ、時の流れを感じさせる。その結果、作品の前に立つ私たちの中にも「今見ている」という感覚がみずみずしく立ち上がってくるのだ。

クロード・モネ《睡蓮》1903年 石橋財団アーティゾン美術館蔵
一方、写真は瞬間をとらえることを得意とする。写真が登場した当時、人々は遠く離れた場所や過去の光景を見せてくれる写真に大変驚き、肉眼で経験したこともないような一瞬があることを写真映像によって知り得た。見慣れているつもりの身近な風景を写真に撮ってみると「こんなところに、こんなものが」と発見したりする。普段見落としているものが多くあることを写真は教えてくれるのだ。私たちの見る行為は実に観念的で、対象を意味から切り離して見ることは難しいが、写真機は意味づけを行わず実際的に対象を写しとる。モネは、こうしたレンズの純粋さに憧れたのではないか。その上で、モネは絵画にしかできないことをあらわにしたのだと感じる。

提供:アーティゾン美術館
撮影:木奥惠三
絵画は、画布に表された全てが画家の意思に基づくものと理解される。画面の中のあらゆる要素は作者によってなされたものだからだ。写真も、対象を選び、構図を決め、何らかの考えのもとにシャッターを押すということでは能動的で意識的な行為と言えるが、機械を通して生まれるものなので、絵画の様に100パーセント作者の意思に満ちたものではなく、客観的記録としての性質も併せ持つ。私の作品について「見ることを問う」と表現されることがあるが、カメラに託して撮影することによって、「いかに見ないか」を扱っているとも言える。
今回の展覧会では絵画と写真を同じ空間で見ていくことで、それぞれのメディアの特性や、作者の制作における振る舞いの違いが浮かび上がり、絵画をより深く味わい、写真とはいかなる状態かを知ってもらえる機会になったことは良かったと思う。

提供:アーティゾン美術館
撮影:木奥惠三
会期 I 2022年4月29日(金)- 7月10日(日)
会場 I 公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館 6階展示室、4階展示室内ガラスケース
開館時間 I 10:00〜18:00 [金曜日は20:00まで] 入館は閉館30分前まで
休館日 I 月曜日
お問い合わせ I 050-5541-8600(ハローダイヤル)
■展示作品、 会期等については、 今後の諸事情により変更する場合がありますので、 展覧会公式サイト等でご確認ください
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